No Music, No Life

 某黄色い看板の大手レコード販売チェーンに対してはなんの恨みもなく、むしろミュージシャンとしてもリスナーとしても日ごろから大変お世話になっている。あくまでも個人の価値観の表明であり、非難する意図は毛頭ない、とあらかじめ断った上で言うと、僕は「No Music, No Life」というキャッチコピーをまったく信じていない。

 当たり前だけれど世の中には多種多様な趣味嗜好や価値観を持った人間がいて、音楽に一切関心がない人間も一定数いる(なんなら多数派ですらあるのではなかろうか)。「No Music, No Life」という言葉はそうした人々の生きざまを否定する、排他的で優しさを欠いた表現であるように思う。あのキャッチコピーはあくまでもつくり手や売り手、批評家、そして一部のスノッブのエゴでしかなくて、音楽なんてなくたって生死には関わらないし世界はちゃんと回る。音楽より経済効果や社会的意義の大きいエンタテインメントやビジネスも存在する。思い上がってはいけない。

 しかしながら、音楽があることで世界がほんの少しだけでもよりよくなるのもまた事実だろう。音楽の少ない映画はちょっと平坦に感じられる。音楽の流れない飲食店はなんだか居心地が悪い。電車の発着音や電話の保留音だって音楽だ。

 そしてなんと言っても音楽は人の心を救う。人と人を繋げる。人の記憶と結びつく。僕の作品までたどり着くくらい音楽を聴いている人なら思い当たる節がきっとたくさんあるはずだ。

 そうした役割を持ち続ける限り、音楽には充分な存在意義がある。その役割を少しでも長く担えるように、おごらず、あぐらをかかず、世界における音楽の居場所を当たり前のものと受け止めず、人と、芸術と、世界と真摯に向き合うのが音楽を送り出す側の務めだろう。

 だから僕は「No Music, No Life」ではなく、「Add Some Music to Your Day」くらいの心持ちで、やっていきたい。